型枠大工の資格ってどんなの? Episode3
なるほど、今宵が言っていたサポートってこれか。なんて思いながら俺はシャーペンを持つ腕を動かした。
型枠施工技能士の試験まであと二か月。
それまで精一杯勉強に勤しんだ。
そしてやってきた試験当日。
「けんちゃんなら大丈夫だから頑張って!」
「おう!絶対合格してやる」
今宵にはああ言って強がったものの、試験場に入ると緊張のあまり手汗がじわじわと出てきた。
続々と入ってくる人に、心臓の鼓動が早くなる。
(落ち着け…大丈夫だ)
そう自分に言い聞かせながら、試験開始を待った。
10分経ったぐらいだろうか。
やっと試験が開始される。最初は学科試験だ。
みっちりやり込んだ成果か、分からずに詰まる問題はなかった。
だが、問題は実技試験だ。
五年前の記憶を辿って頑張るしかない。
実地試験は、拾い出しが二時間。組み立てが五時間半だ。
俺は必死に、当時学んだことを思い出した。
不思議と体は覚えているもので、感覚を取り戻すのは早かった。
試験で合格かどうか、それは言いきれないが、満足できる仕上がりだった。
(やっぱり…型枠はいいな…)
心の底からそう思った。
試験場から外に出ると、今宵がベンチに座って待っていた。
驚いた俺は今宵に駆け寄る。
「今宵…まさかこんな長い間待ってたのか?」
「うん!だって、けんちゃん応援しなくちゃだし」
「…馬鹿だなお前」
変なやつ…。そう思って少し呆れた。
嬉しくないのかと聞かれたら、ウソになるが。
「ほら、帰るぞ。今日はカレー作ってやる」
「ほんと!?カレー?」
今宵は瞳をキラキラと輝かせて俺の後を着いてきた。
家に帰り、本当に久しぶりの料理をする。
仕事をしていた時は、一か月に一回くらいの割合でカレーを作って食べていた。
そうは言っても玉ねぎと肉だけの簡単なやつだが。
今日はニンジンとジャガイモも入れてぐつぐつと煮込む。
今宵はご機嫌に鼻歌なんて歌っている。
「ほら、できたぞ」
ご飯にカレーをかけて目の前に置くと、「いただきまーす!」と手を合わせて言うと、パクリと一口食べた。
「おいひぃ~」
もの凄く幸せそうな顔をする今宵に、思わず笑みが零れた。
そして迎えた結果発表の日。
結果は、みごと合格。
「うおおおおおお!合格!」
「やったよけんちゃん!!」
今宵と思わず抱き合って喜んだ。
「ありがとな、お前が来なかったら、俺は資格取ろうなんて思わなかったよ」
「けんちゃんが頑張ったからだよ」
俺はすぐに就活を始めた。
そりゃ、受けたうちの何社かは落ちたけれど、縁のある会社に内定をもらうことができた。
遂に、明日から仕事が始まる。
両親にも報告したら、泣いて喜んでくれた。
がむしゃらになれば、何とかなるもんだな。
勝手に無理だと決めつけて、言い訳を作っていたのかもしれない。そう思った。
それに気付かせてくれたのは、今宵で…。
「ありがとな」
「え?どうしたの?けんちゃん」
今宵は何が何だか分からないと言った表情で俺を見ている。
「だって、お前が来なければ俺は今でもニートだったよ」
それを見た今宵はにへっと笑った。
「けんちゃん、そういえば思い出した?」
「は…」
今宵が何を言っているのか正直さっぱり分からなかった。
それを見た今宵はむくれている。
「もーー!けんちゃんのド阿保!」
「な、なんだよ…」
むっとする今宵を見、暫し考える。
そういえば、正体がどうとか言ってたな…。
最初の頃はこいつが何者なのか気になっていたが、こうして長い間過ごすと、案外今宵の正体がどうとか気にならなくなっていた。
「お前、前の職場の同僚とかだろ…多分」
「惜しい!正解は~、けんちゃんのハンマーでした!」
「…お前、ふざけてんのか?」
今宵のちゃらけた発言に、暫し固まってしまう。
「ふざけてないよ!本気!」
「だって道具が人間になるわけないだろ」
俺の返答は至極当然だと思う。私は道具です、なんて言われて信じる方がおかしい。
と、思ったのだが…
こいつは何で夜中にボロボロの服を着て、素足で立っていたんだ?
俺が…型枠大工を辞めた時、愛用していたハンマーを捨てた。
汚いゴミ捨て場に徐に。
まさか…な。
「けんちゃんゴミ捨て場に捨てるんだもん。酷いよ!」
「ま、まじかよ…」
今宵の発言に、俺は認めざるを得なかった。
こいつは、俺が愛用してたハンマーだ。
「じゃあ、なんで今更俺のところに…復讐、しないのか?」
「意識が戻ったら何でかけんちゃんちにいたんだもん。あと復讐なんてしないよ?」
今宵は不思議なことに、全く恨みを持っていないようだった。
「そう…か」
「だって、またけんちゃんと型枠作りたかっただけだし!」
そう言って今宵は本当に嬉しそうに笑った。
「だからね、これからもよろしくね!けんちゃん」
「はいはい」
これから新しい毎日が、始まる。
FIN.