型枠大工の資格ってどんなの? Episode2
「お前なぁ…」
「なんで?いつからお仕事してないの?」
呆れる俺に構わず女は食い下がってきた。
母親か、お前は。
「…5年前から」
「5年前!?」
あぁ、多分この流れだときっとあのことも聞いてくるだろうな…。
そう思った俺の予感は的中し、女は聞いてきた。
「どうやって生活してるの?」
「親の、仕送り…」
俺の答えを聞くと、女は暫し固まっていた。
それもそうだろう。31の大人の男が、仕事もしないでゲームしてたらな。
「ダメだよ!けんちゃん!ちゃんと自立しなきゃ!お仕事探さなきゃー!」
そう言って俺に引っ付いて体を揺さぶってくる。
大体、なんで親が何も言ってこないのに、お前がギャアギャア煩く言ってくるんだよ。
揺さぶられながら思った。
「お母さんもお父さんも、もう70超えてるんだから、ちゃんと安心させてあげなきゃダメだよ」
「お前、なんでそれを知って…」
女の言葉に思わず我に返る。
俺の両親は所謂晩婚で、俺が産まれたのが親が40近くの時だった。
なんで、それをこの女が知っている?
「え?だって、けんちゃんご両親に紹介してくれたよ?」
いや、紹介してないし。
仮に俺がこの女を親に紹介していたとして、そんな関係の女を忘れるわけがない。
「してねーよ、お前本当…何なんだよ…」
「あれー?忘れちゃったの?」
女はお道化て言うものの、少し寂しげだった。
本当に覚えがないのに、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。
「で、お前何なんだよ」
「けんちゃんが思い出してくれるまで言わないもん。それより、お仕事探そうよ!」
なんだよそりゃ。仕事を探すもなにも、今は働く気も起きないしな。
「5年もブランクがあるやつを、取る会社なんてあるかよ」
本当にそう思った。でも、半分は言い訳だ。
俺が経営者なら絶対取らない。5年もダラダラ遊んでたようなやつ。
「だったら資格取ろうよ!型枠の資格!」
そう俺に意気揚々と告げる女。どうやら、本気で俺を就職させる気らしい。
31歳になって資格の勉強か…。めんどくさいな…。
「私もサポートするから、頑張ろう!ね?」
「サポートって…お前ここに居座る気か?」
恐る恐る尋ねると、女は「うん!」と迷いなく頷いた。
マジかよ。そう思ったのが伝わったのか、女は瞳を潤ませて「ダメ?」と聞いてきた。
どうせニートだし、毎日ダラダラ同じことの繰り返しだったし、もうなんだっていいか。
そう思った俺は、女を居候させることにした。
「はいはい、好きにしろよ」
「ありがとう!けんちゃん!」
女は嬉しそうに俺に抱き着いた。さすがに…少し照れる。
「うぜーな離れろよ!」
「えーなんで?」
女のことを無理矢理剥がしながら、ふと思った。
「お前、名前どうする?」
「名前…?」
居候するにも、ずっと「お前」って呼ぶわけにもいかない。
とは言っても、こいつには名前がない。
「分かった、お前、今日から今宵な」
「今宵?」
夜に来たから今宵。まるでペットみたいな名付け方だが、名前がないよりは良いだろう。
「けんちゃんが名前付けてくれたの?」
「嫌だったら別にいいぞ」
「嫌じゃないよ!すっごく嬉しいもん」
女こと、今宵はにへへと笑った。
ふと、今宵の後ろの壁に掛けてある時計が目に入った。
時刻は午前3時を回っている。
「もうこんな時間か、おい、寝るぞ」
「私どこで寝ればいい?けんちゃんの隣?」
多分こいつは、なんの気なしに聞いてるんだろうが…。
「こんな狭いシングルベッドに二人で寝れるかよ!お前は…えっと…」
床で寝ろ。そう言おうと思ったが、なんせずっと一人暮らしだった男の部屋に予備の布団なんてあるはずもなく。
あるとすれば、クッションとタオルケットだけ。
さすがにちょっと、寒いよな…。
「しょうがねーなぁ、今宵にベッド譲ってやるよ」
そう言って俺は渋々、クッションとタオルケットで固い床に寝転がった。
「け、けんちゃん!私が床で寝るよぅ!」
「うるせーさっさと寝ろ!」
今宵は寝転がる俺のタオルケットをグイグイ引っ張りながら抗議していたが、俺が無視を決め込んでいると、諦めたのかベッドに入って行った。
「ありがとう…けんちゃん」
微かに聞こえたお礼も聞こえなかったふりをして目を閉じた。
翌朝、仄かに香る味噌の匂いに目を覚ました。
見ると、今宵が何やら作っている。
「あ、けんちゃん起きた?今ね、お味噌汁作ってるよ」
「また勝手なことを…、っていうか、今宵料理できんのかよ」
俺が言ったのを聞くと、今宵は暫しうーんと考えた後に「けんちゃんのお母さんが前に作ってるの見たよ」なんて言っていた。
朝食はみそ汁と白飯というシンプルな食事だ。
昼に起きて一日二食の俺からしたら、健康的だった。
味もまぁ、母親の味と似ている。
「さぁてけんちゃん、食べ終わったら資格のお勉強しようね」
今宵の言葉に思わず箸の動きが止まった。
「え、今日から…」
「当たり前でしょ?今日じゃなかったらいつから始めるのー」
「来年から…」
「だめー!!」
あまりの剣幕に取り敢えず今日から資格取得に勤しむこととなった。
好きな時に好きなことをできた日々は昨日で終わりを迎えたわけだ。
「でも、資格取得ってまさか…」
朝食を食べ終え、食器を片付けている今宵に何気なく聞いてみた。
「ん?型枠施工技能士だよ!しかも一級ね!」
一級!?おいおい、冗談はよせよ。
俺は一気にげんなりしてしまった。
「俺に一級が取れるわけないだろ。馬鹿か…」
そう。型枠施工技能士と言えば…型枠を組み立てるための組立図を作成し、型枠を組み立てる技能を認定する資格だ。しかも国家資格で名称独占資格。 等級には、1級と2級がある。一級は上級技能者、二級は中級技能者が通常有すべき技能の程度と位置づけられている。 型枠施工技能士の資格を持っていると、職業訓練指導員 (建設科)の実技試験免除資格にもなる…。
と、高校卒業してからずっと型枠やってきたんだ。俺でもそれくらいは知っている。
大体、五年も型枠に触れていないやつが、一級なんて取れるわけがない。
「大丈夫だよ!だってけんちゃん高校卒業してから8年型枠大工やってたんだもん」
「そうは言っても、もう昔みたいにはいかないだろ」
「だから私がサポートするのぉ」
今宵のサポートって一体なんだよ…。少し気になった俺は、資格取得を頑張ってみることにした。
「わかったよ。頑張ればいいんだろ」
「えへへ、一緒に頑張ろうね!けんちゃん!」
俺の言葉を聞くと、今宵は嬉しそうに笑って言った。
突然現れて、人の家に居候した挙句、一緒に資格取得頑張ろうなんて随分と勝手な奴だとは思ったが、不思議と怒りは感じなかった。
「じゃあ、型枠の本買いにいこ!」
「型枠の本ならたくさん持ってるっつーの」
もう二度と開くことはないと思っていた型枠の本。
本棚の奥の方にしまってあった本を何冊か取り出す。
8年前の過去に縋っていると、笑われてしまうかもしれないのだが、どうしても捨てることができなかった本。
「やっぱり、けんちゃんは型枠が好きなんだね!」
「そ、そんなんじゃねぇよ」
机の上に積み上がった本を見て、今宵が嬉しそうに言った。
そうだ、俺は…型枠を嫌いになったわけじゃない。
嫌で辞めたわけじゃない。
あの時、変な意地なんて捨てて、型枠を続けていたら、きっと今でも型枠大工の仕事をしていただろう。
「けんちゃん?どうしたの?」
また、ぼーっとしていたのだろう。今宵が心配そうに顔を覗き込んできた。
「な、なんでもねぇよ…」
そう今宵に吐き捨てるかのように言い、本を開く。
過去に俺が使っていた形跡が、分かりやすく残っていた。
マーカーペンでたくさん引かれた線に、書き込み。
自分で言うのも何だが、当時の努力が伺える。
「けんちゃんはやっぱり努力家だもんねー!大丈夫だよ」
今宵も横から見ていたらしく、そんなことを言っている。
もう一度、頑張ってみるか…。
素直にそう思った。
俺はとりあえず本を虱潰しに読みこんだ。
経験があるから大丈夫。だなんて少しも思わなかった。
知識はいくらだって努力で叩き込むことができた。
けれど、技術は現在型枠大工で働いていない以上、どうすることもできない。
昔の感覚を思い出すしかなかった。
今まで朝昼晩ただ怠惰に過ごしていた俺に、ここまで頑張る気力があるのかと自分でも驚いた。
今宵は、そんな俺に夜食を作ったり、家事をやってくれたりした。
続く…