型枠大工の資格ってどんなの? Episode1
俺、金町 建太は31歳。
親の仕送りで一人暮らし、ニート。
人生、うまくいかないよな。
26歳の時に型枠大工の仕事を辞めて、それからずっとニート。
働く意欲なんて、あるわけない。
毎日パソコンでネットやって、ゲームして、仕送りだけで十分やっていけると気付いてしまったから。
働いたら負け。そう信じてる。
ピンポーン、ピンポーン…
不意に鳴り響くインターホンの音に、部屋の時計を見た。
時刻は、深夜1時。
こんな時間に誰かが来るはずもない。
俺は恐る恐る玄関へと向かうと、のぞき穴から外を覗いてみた。
見ると、ボロボロの女が外で立っている。
「ひっ…!」
恐怖のあまり声が出てしまった。
すると、その声が聞こえてしまったのか、女は覗き穴に顔を近づけてきた。
居留守を使おうと思ったが、どうやら無理そうだ。
「けんちゃんちですか?」
そう言って顔を上げた女は、まぁ可愛かった。
しかもけんちゃんって、偶然かもしれないが、俺のあだ名だった。
俺はチェーンを掛けると、ドアを少しだけ開けた。
すると、それを見た女はとても嬉しそうに瞳を輝かせて、ドアを開けようとする。
恐怖が勝り、ドアを閉めようとする俺に、女は言った。
「けんちゃんだー!けんちゃん久しぶりー!」
「お、お前誰なんだよ!」
「えー!覚えてないの?あんなにずっと一緒にいたのにぃ!」
ドアを開けようとする女に、閉めようとする俺。
女の割には力が強い。俺が一層力を込めて閉めると、ガチャンとドアが閉まった。
急いでカギを掛け、開けられないようにする。
外で女が泣いている声が聞こえた。
「ひどいよぉ!けんちゃぁぁん」
「また一緒に型枠作ろうよ、けんちゃん!」
おいおい、型枠大工だったの知ってるのかよ。
俺が型枠大工になったことを話したのは、親友と、両親だけだ。
あとは、職場の仲間か…。
一緒に型枠を作ろうと言ってくることからして、職場の仲間だったのかもしれない。
俺は、再びドアを開けてみた。
「お前、俺の知り合いなのか…?」
女はドアを開けた俺を見ると、涙を拭って頷いた。
服はボロボロだし、なんか汚れているし、怪しいっちゃ怪しいが、こんな状態の女の子を放っておくわけにもいかないので、半信半疑で家へ入れることにした。
「まぁ、入れば」
「けんちゃん…!」
「信じたわけじゃねぇからな!」
嬉しそうに言う女に、一応そう釘を刺しておいた。
よく見ると、女は素足だった。
こんな夜中にボロボロの服装で素足。すぐに家に上げたことを後悔したが、鼻につく臭いにまず驚いた。
「ちょ、くさっ!お前くさい!」
「ひどい!女の子にそんなこと言うなんて!」
「だって本当にくせぇよ」
女は少しむくれていたが、あまりの臭いに一先ず風呂場へと放り込んだ。
「うぅ…、なにぃ?」
「なにぃ?じゃねぇ!とりあえず風呂入って綺麗に洗えよ!」
ピシャンと風呂場の扉を閉め、玄関にファブ〇ーズを撒いておいた。
まだ臭う…。
しばらくすると、風呂場からシャワーの音が聞こえてきた。
どうやらちゃんと洗っているらしい。
ゲームをしながら女が上がってくるのを待っていると、風呂場からぺたぺたと走ってくる音が聞こえた。
「けんちゃん!綺麗になったでしょー?」
シャンプーの仄かに良い香りを漂わせながら女は言う。
服は予め脱衣所に置いておいた俺のスウェットを着ていた。
汚い時でもそれなりに可愛かったが、こうして綺麗になると可愛さが際立つ。
この女との関係がどうであれ、俺は内心喜んでいた。
見たところ、20歳くらいだろうか?
この謎だらけの女の正体を明かそうと、色々な質問をすることにした。
「そういや、名前は?」
「名前…んー…、名前はないかな?」
はぁ?名前がないってなんだ?そう思ったが、すぐにこの子は記憶喪失なのかもしれないと思った。
ボロボロの服、素足、真夜中の訪問。それなら全てが納得いく。
「お前、記憶喪失とか?」
「違うよぉ、今までの事とか全部覚えてるし、名前は本当にないの」
「はは、そうなのか…」
もう何が何だか分からなかった。
もしかして、やばいやつを家に入れてしまったのかも、と思った。
「でもけんちゃんのことは何でも知ってるよ?身長は167cmで、体重は58kgでしょ?そんで、寝るときは横向きで寝るし、お風呂では左腕から洗うもんね!」
「ちょ、待て待て!」
確かに女が言ったことは全て当たっていた。
ストーカーか?そう思ったが、俺は今まで人の気配なんざ感じたことがない。
それに、ストーカーならもっと、電話やメール攻撃が凄いんじゃなかろうか。
「お前、本当俺の何なんだよ」
俺の問いかけに女はうーん…と悩むと、「難しいなぁ…あ、けんちゃんの彼女?」と言ってお道化てみせた。
あぁ、こいつ本当にストーカーかもな。そう思って背筋が粟立ったが、可愛いし、別にいいかというお気楽な結論に至った。
「それで、なんでこんな真夜中に来たんだよ」
俺がそう尋ねると、女は俺に向き直った。
「そうそう!またね、けんちゃんが型枠作るところ見たいの!」
「はぁ!?お前、なに言って…っ」
けんちゃんが型枠作っているところ見たいの…かぁ。
女の言葉に思わず言い淀んだ。
それを見た女が心配そうに「どうしたの?」なんて聞いてくる。
いや、別に覚えてないほどどうでもいい関係のやつだったんだ。
どう思われたっていいか。
そう思い、女に言うことにした。
「型枠は、辞めたんだよ…」
「え、どうして?」
「職長と、もめたんだよ…。それで、辞めるって言って…後に引けなくなっちまって…」
そう。職長と少しのことでもめただけ…。
職長は結論を急ぐなって、よく考えろって言ってくれたのに…みんなの前で辞める宣言をしちまった俺は、変な意地で…辞めることを止めることができなかった。
「けんちゃん…?」
暫しの間、ぼーっとしていたのだろう。女が心配そうに顔を覗き込んできた。
「な、なんでもねぇよ。お前、どうせ引いたんだろ」
「引く?どうして?」
「けんちゃんお仕事してないんだぁ、みっともなーいって思ったんだろ?」
女は俺の言葉を聞いて暫しキョトンとした後、首を傾げた。
「けんちゃん今、お仕事してないの?」
しまった、と思った。
うっかり口を滑らせて、今仕事をしていないことまでカミングアウトしてしまった。
「うるせーなぁ、別に関係ねぇだろお前に」
大体、突然現れて人の事情まで聞いてくるなんて…なんて女だ。
俺は女の質問を無視することに決めて、ゲームを再開した。
「なんで、ねぇ!教えて!」
ゲームをする俺の前に座り、画面が見えない。
「お、おい!」
おかげでゲームオーバーになってしまった。
続く…