東京都足立区の建設会社、大和工務店

型枠大工の資格ってどんなの? Episode1

2016/08/05

俺、金町 建太は31歳。

親の仕送りで一人暮らし、ニート。

 

人生、うまくいかないよな。

 

26歳の時に型枠大工の仕事を辞めて、それからずっとニート。

働く意欲なんて、あるわけない。

毎日パソコンでネットやって、ゲームして、仕送りだけで十分やっていけると気付いてしまったから。

働いたら負け。そう信じてる。

 

 

ピンポーン、ピンポーン…

 

不意に鳴り響くインターホンの音に、部屋の時計を見た。

時刻は、深夜1時。

こんな時間に誰かが来るはずもない。

 

俺は恐る恐る玄関へと向かうと、のぞき穴から外を覗いてみた。

見ると、ボロボロの女が外で立っている。

「ひっ…!」

恐怖のあまり声が出てしまった。

すると、その声が聞こえてしまったのか、女は覗き穴に顔を近づけてきた。

居留守を使おうと思ったが、どうやら無理そうだ。

 

「けんちゃんちですか?」

そう言って顔を上げた女は、まぁ可愛かった。

しかもけんちゃんって、偶然かもしれないが、俺のあだ名だった。

 

俺はチェーンを掛けると、ドアを少しだけ開けた。

すると、それを見た女はとても嬉しそうに瞳を輝かせて、ドアを開けようとする。

恐怖が勝り、ドアを閉めようとする俺に、女は言った。

「けんちゃんだー!けんちゃん久しぶりー!」

「お、お前誰なんだよ!」

「えー!覚えてないの?あんなにずっと一緒にいたのにぃ!」

ドアを開けようとする女に、閉めようとする俺。

女の割には力が強い。俺が一層力を込めて閉めると、ガチャンとドアが閉まった。

急いでカギを掛け、開けられないようにする。

 

外で女が泣いている声が聞こえた。

「ひどいよぉ!けんちゃぁぁん」

「また一緒に型枠作ろうよ、けんちゃん!」

おいおい、型枠大工だったの知ってるのかよ。

俺が型枠大工になったことを話したのは、親友と、両親だけだ。

あとは、職場の仲間か…。

一緒に型枠を作ろうと言ってくることからして、職場の仲間だったのかもしれない。

俺は、再びドアを開けてみた。

「お前、俺の知り合いなのか…?」

女はドアを開けた俺を見ると、涙を拭って頷いた。

 

服はボロボロだし、なんか汚れているし、怪しいっちゃ怪しいが、こんな状態の女の子を放っておくわけにもいかないので、半信半疑で家へ入れることにした。

 

「まぁ、入れば」

「けんちゃん…!」

「信じたわけじゃねぇからな!」

嬉しそうに言う女に、一応そう釘を刺しておいた。

 

よく見ると、女は素足だった。

こんな夜中にボロボロの服装で素足。すぐに家に上げたことを後悔したが、鼻につく臭いにまず驚いた。

「ちょ、くさっ!お前くさい!」

「ひどい!女の子にそんなこと言うなんて!」

「だって本当にくせぇよ」

女は少しむくれていたが、あまりの臭いに一先ず風呂場へと放り込んだ。

「うぅ…、なにぃ?」

「なにぃ?じゃねぇ!とりあえず風呂入って綺麗に洗えよ!」

ピシャンと風呂場の扉を閉め、玄関にファブ〇ーズを撒いておいた。

まだ臭う…。

 

しばらくすると、風呂場からシャワーの音が聞こえてきた。

どうやらちゃんと洗っているらしい。

ゲームをしながら女が上がってくるのを待っていると、風呂場からぺたぺたと走ってくる音が聞こえた。

「けんちゃん!綺麗になったでしょー?」

シャンプーの仄かに良い香りを漂わせながら女は言う。

服は予め脱衣所に置いておいた俺のスウェットを着ていた。

 

汚い時でもそれなりに可愛かったが、こうして綺麗になると可愛さが際立つ。

この女との関係がどうであれ、俺は内心喜んでいた。

 

見たところ、20歳くらいだろうか?

この謎だらけの女の正体を明かそうと、色々な質問をすることにした。

「そういや、名前は?」

「名前…んー…、名前はないかな?」

はぁ?名前がないってなんだ?そう思ったが、すぐにこの子は記憶喪失なのかもしれないと思った。

ボロボロの服、素足、真夜中の訪問。それなら全てが納得いく。

「お前、記憶喪失とか?」

「違うよぉ、今までの事とか全部覚えてるし、名前は本当にないの」

「はは、そうなのか…」

もう何が何だか分からなかった。

もしかして、やばいやつを家に入れてしまったのかも、と思った。

 

「でもけんちゃんのことは何でも知ってるよ?身長は167cmで、体重は58kgでしょ?そんで、寝るときは横向きで寝るし、お風呂では左腕から洗うもんね!」

「ちょ、待て待て!」

確かに女が言ったことは全て当たっていた。

ストーカーか?そう思ったが、俺は今まで人の気配なんざ感じたことがない。

それに、ストーカーならもっと、電話やメール攻撃が凄いんじゃなかろうか。

 

「お前、本当俺の何なんだよ」

俺の問いかけに女はうーん…と悩むと、「難しいなぁ…あ、けんちゃんの彼女?」と言ってお道化てみせた。

あぁ、こいつ本当にストーカーかもな。そう思って背筋が粟立ったが、可愛いし、別にいいかというお気楽な結論に至った。

「それで、なんでこんな真夜中に来たんだよ」

俺がそう尋ねると、女は俺に向き直った。

「そうそう!またね、けんちゃんが型枠作るところ見たいの!」

「はぁ!?お前、なに言って…っ」

 

けんちゃんが型枠作っているところ見たいの…かぁ。

女の言葉に思わず言い淀んだ。

それを見た女が心配そうに「どうしたの?」なんて聞いてくる。

 

いや、別に覚えてないほどどうでもいい関係のやつだったんだ。

どう思われたっていいか。

そう思い、女に言うことにした。

「型枠は、辞めたんだよ…」

「え、どうして?」

「職長と、もめたんだよ…。それで、辞めるって言って…後に引けなくなっちまって…」

 

そう。職長と少しのことでもめただけ…。

職長は結論を急ぐなって、よく考えろって言ってくれたのに…みんなの前で辞める宣言をしちまった俺は、変な意地で…辞めることを止めることができなかった。

 

「けんちゃん…?」

暫しの間、ぼーっとしていたのだろう。女が心配そうに顔を覗き込んできた。

「な、なんでもねぇよ。お前、どうせ引いたんだろ」

「引く?どうして?」

「けんちゃんお仕事してないんだぁ、みっともなーいって思ったんだろ?」

女は俺の言葉を聞いて暫しキョトンとした後、首を傾げた。

「けんちゃん今、お仕事してないの?」

 

しまった、と思った。

うっかり口を滑らせて、今仕事をしていないことまでカミングアウトしてしまった。

「うるせーなぁ、別に関係ねぇだろお前に」

大体、突然現れて人の事情まで聞いてくるなんて…なんて女だ。

俺は女の質問を無視することに決めて、ゲームを再開した。

「なんで、ねぇ!教えて!」

ゲームをする俺の前に座り、画面が見えない。

「お、おい!」

おかげでゲームオーバーになってしまった。

 

 

 

続く…