東京都足立区の建設会社、大和工務店

過去と現在の大工ってどう違うの? Episode2

2016/08/05

鳶職人。

確か、東京タワーの建設には90万人の鳶職人が関わっていたと聞いたことがある。

八千代さんはその中の一人だったのか。

「私は仕事に命を懸けていて、仕事第一でした」

「そうなんですか…」

「子供の頃から体が弱くて、妻にも心配ばかり掛けていました」

「そんな時に東京タワーの仕事の話があって、私は一大仕事だと気張りましたが、妻は不満ばかり言うようになりました」

「なぜそんな仕事受けるのか、お金だってそこまでうちは必要ないと」

「私は苛立ちました。お金関係なく、一人の職人としてあんなに大きな建物を建てることに携われることほど…名誉なことはないと思ったからです」

「私は妻を叱りつけました。お前には分からない、俺達職人の気持ちなど…と」

 

俺は驚いた。八千代さんが奥さんを叱り付ける姿なんて想像できなかったからだ。

 

「しかし私は、持病が悪化し、東京タワーの完成を見ることなく死んだのです」

「妻は大泣きして私に縋り付いていました。あの時もっと強く止めるように言えば良かったと、私のせいだと…」

「恥ずかしながら、そんな妻を見て初めて私は、妻の言っていたことは不満ではなく心配だと気付いたのです」

「死んでからも私は妻の傍にいましたが、妻は憔悴しきっていて、昭和35年に病気で亡くなりました」

「妻は戯言のように死ぬ間際、ずっと言っていました…。お父ちゃんごめんね、一緒に東京タワー見たかったね…と」

「私は、東京タワーがずっと残っている光景を見て、妻に伝えたかったのです」

「…でも、何十年も現世に留まるうちに、記憶は零れ落ち、自分がどうしたいのかさえ分からない浮遊霊になりかけていました」

「だから、本当に貴方のおかげなのです、大和」

八千代さんの話を聞いて涙が零れた。

そんな過去があったとは知らなかった。

「辛いですよね…」

「いいえ、今はとても、清々しい気持ちですよ」

八千代さんに昔の大工について聞こうと思っていたが、聞くのは止めようと思った。

辛い思い出を呼び起こしてしまうかもしれない。

 

「大和、確かにそれも聞きたかったことかもしれませんが、ほかにもっとありますよね?」

「いや、なにも…」

「聞いてください。私は大和の役に立ちたいのです」

 

八千代さんが真剣な表情で言ってくるものだから、聞いてみることにした。

「やっぱり…昔、あ、昔と言うか、八千代さんの時代の大工は道具とかも不便だったんですか?」

「うーん、私はそう感じたことはありませんが…、今みたいに電動の道具とかは充実していなかったので、そう考えると、今の方が便利かもしれないです」

 

なるほど。

確かに八千代さんの時代からしたら、不便もなにもないか。

「私たちの時代は、金づち、鉋、鋸、ノミ、墨壺とか…ほとんどがその道具で頑張っていた時代ですから」

「そうですか…、八千代さんは、今みたいに便利な道具があったらって思いますか?」

 

「いいえ」

八千代さんは穏やかに笑ってそう答えた。

「道具と言うのは、使い方によって便利にも不便にもなりますから」

「あの時代の大工には、あの時代なりの良さがあったと…思っていますよ」

見た目的には俺と大して変わらない歳のように見えるのに、言っていることは俺よりはるかに大人だと思った。

 

「なんか、情けなくなってきた…」

「え?なぜです?」

 

八千代さんが不思議そうに首を傾げた。

「なんか、八千代さんに比べて子供っぽいなぁっていうか」

そう言うと八千代さんはおかしそうに笑った。

「当たり前ではないですか、私は死んで歳を取らなくなったとは言え、ずっとこの世にいるのですからご老人と同じですよ」

 

なるほど。妙に納得してしまった。

「そういうもんなんですかね?」

「そういうもんなのですよ」

八千代さんはそう言うと、俺に向き直った。

「では、そろそろ私はいきますね」

「え?」

どこに?そう聞こうとしたが、すぐにどういうことか分かった。

 

「成仏するんですか?」

「はい、大和のおかげです」

ふふっと笑って八千代さんは言った。

「そうですか…」

たった数日ではあったが、何だか少し寂しいような気がしていた。

 

「少し寂しいけど、成仏しても元気で…っておかしいか」

それを聞いた八千代さんは微かに微笑んでいた。

「もちろんです。妻にも、大和さんとのこと、お話します」

 

「あはは、よろしくね」

ほどなくして八千代さんの体がキラキラと光り、さらに透明になった。

「では、大和、お元気で…」

「八千代さんも…」

 

八千代さんは最後に笑って「ありがとう」と告げると、そのまま光になって去って行った。

東京タワーの上へ登っていくように見えた。

 

俺は、その光を暫し見つめていた。

 

 

 

 

FIN.